月別アーカイブ: 2015年5月

ミャンマー語のコードやフォントの現状

つい数年前まで、パソコンではミャンマー語のフォントをサポートしていませんでした。
ミャンマーは長期間アメリカと国交を断絶していたので、アメリカ製であるマイクロソフトのWindowsもアップルのMacintoshもサポートしていなかったのです。

そんなことからミャンマーでは独自のアプリとして、キーボード配列を決め、文字コードを決めて、フォントを作っていました。ですがそれは1つではありません。まず最初に作られたのは、まだUNICODEが一般的でないことに決められたようで、独自コードでありUNICODEではありません。

その後、UNICODEを意識してUNICODE対応版が作られました。これは “Zawgyi-One” という名称のフォントで、いまほとんどのミャンマー人が普通に使っているフォントです。しかし、このUNICODEは正式なUNICODEとはコードは近いですが、違うので正規のUNICODEのパソコンで表示すると文字化けします。

聞くところによるともう一つまた別のUNICODEがあります。”Ayar” これもまた別のUNICODEらしいです。

いずれにしろ、いまミャンマー人が書いたFacebookやメールは文字化けして読めません。海外のニュースサイトなどはミャンマー語のフォントを正規のUNICODEでWEBフォントの形で使っているので、世界誰でも文字化けなしで閲覧できますが、ミャンマー人が普通につかっているパソコンで入力された文章を閲覧すると文字化けします。

現在、ミャンマー人が普通に使っているほとんどは、正規のUNICODEではないので、PCもMacもiPhone/iPadも文字化けして読めません。

ミャンマー語がアメリカの国交が回復した後に出たWindows8からサポートされたし、MacもLionというバージョン以降サポートされています。つまり周りは準備OKですが、肝心のミャンマー人が古いまま使っているので、なかなか解消しません。

メールやLIneで日々使っているわけですから、ひとりだけ変えるわけにはいかないので、順次普及は無理で、ある日何かのタイミングで一斉に変更しないといけないことになりますが、どうでしょう。一時的に両方が切り替えるなどの方法でないと無理ですね。

私は、現在使われているコードを正規のコードとして認めざるを得ないと思います。

このへんミャンマー人の技術者はどう考えているのか、政府などはどう考えているか聞きたいですね。

Windows8以前の場合、ミャンマー人が使っているソフト、いまでも事実上標準のソフトを使えば、古いコードのシステムが使えます。私はミャンマーに行った際に、ミャンマー人が一般的に使っているというCDを入手しました。「Win Myanmar System」と書いてありました。これをインストールすると、キーボードドライバーからフォントまでセットになっています。

ベトナム・ラオス投資セミナーに参加してみた

ベトナムの話とラオスの話があったが、ここではベトナム投資の話について書くことにします。

講演はJICAからホーチミンに派遣で滞在されている菊池正氏である。

最初のJICA関西の大西所長の言葉も含めて、国の機関だからと遠慮せず、気軽に活用してくださいとの言葉と同様に、ベトナム投資については現地でも気軽に相談してくださいとのことだ。

ベトナムの面積は日本よりすこし小さく人口もすこし少ない程度だが、現在のGDPは30分の1程度と小さい国であることだ。

投資先、進出先の工業団地は北部ハノイに3カ所、南部のホーチミン近くに2カ所あるという。
北部では、ハノイの東のハイフォン、南のハナム、北のバグザンで、大企業とその大企業と取引のある中小企業が入っている。南部では、東南のバリアブンタウ、西南のロンアンがあるが、大企業と関連なく単独で投資するならバリアブンタウが特にお勧めだという。ここの港は日本のODAで作られたこともあり、ここの行政府が日本人を雇ってジャパンデスクという日本人向けの窓口を作っているというのだ。

ベトナムの労働人口は若くて勤勉だが、ビジネスマナーや仕事の進め方を含めて長い目で育てることが必要であり、人件費が安いからといって彼らを使い捨てするような考え方では短期で失敗するでそうとのことだ。つまり労働者としてもレベルが低いのである。そのことを前提に長い時間をかけて社員を育てながら活動する取り組みが必要であるとのことだ。

日本はベトナムを見て、日本の発展過程の段階で差を判断して非常に遅れていると判断する。しかし今のベトナムには発展段階でPCやインターネットがあり情報の数が違う、日本とは違う発展過程を歩むわけだから日本の発展過程で判断するのは危険だ。遅れている遅れていると思っていたら、或る日突然すぐ後ろに迫っていて、あっという間に抜かれてしまうことが見えている。

現地の問い合わせ先の一覧資料をもらった。ホームページに公開されている情報ですが、まとめて書いてあり便利と思うので添付します。

現地連絡先一覧表(2015年5月現在)

ミャンマーの問題(ロヒンギャ)を調べてみた

調べたきっかけは以下の2015年5月18日の ロヒンギャ族が難民化 大量漂流 のニュースです。

ロヒンギャ人は、民族としてはベンガル人でベンガル語をしゃべり、宗教はイスラム教の人たちで、バングラデシュの国民の多くと同じですが、彼らは過去にいろいろな事情で、当時のヤカイン王国、現在のミャンマーのヤカイン州に移住した人たちです。ミャンマーからもバングラデシュからも受け入れを拒否されていて、無国籍の民となっています。80〜100万人居ると言われています。

ミャンマーのヤカイン州は、ミャンマーの西部の山脈の西側であるベンガル湾に面した地域です。ここは古くはヤカイン族というビルマ人の土地で、いまのミャンマーとは別に独自の王国がありました。現在のヤカイン州を中心に南はヤンゴンあたり、北は現在のバングラデシュ(主にベンガル人)のチッタゴン付近まで広がっていたこともあり王国の傭兵としてベンガル人が雇われていました。

ミャンマーとは1000m級の山脈でさえぎられているため交流は少なくミャンマーの枠組みに入ったのは、最後のコンバウン王朝の時代です。このことは、ヤカイン族はビルマ語をしゃべるビルマ族であり仏教徒であり大きな衝突はなかったと推察できます。

しかし、理由はわかりませんが、コンバウン王朝はヤカイン族を奴隷にしたのか、多量に移住させたので、人口は極端に減って、農地も荒れ放題にになったようです。当時、インドからバングラデシュにかけてはイギリスの植民地になっていましたが、バングラデシュから海伝いにじわじわとヤカイン州も植民地にしました。イギリスが植民地にしたものの農地も荒れている現状を見て、国境付近のチッタゴン(バングラデェシュ)に住んでいた人たちの移住、入植を勧めました。実はその後、ミャンマー全体がイギリスの植民地になったせいか、ヤカイン族がかつての土地であるヤカイン地区に帰ってきました。ところが自分たちの家や土地に見知らぬ人が生活していたことから紛争が始まったと言われます。もともとの住人でありミャンマーの多数派を占める仏教徒であるヤカイン族が土地を取り戻すことで、入植したロヒンギャの人たちは住むところが不安定になりました。

日本軍がミャンマーに進行した際にイギリスとの戦いで、日本はラカインの仏教徒、イギリスはロヒンギャのイスラム教徒を支持して戦わせたことで対立を深めることになりました。ちなみに日本に難民として200人程度受け入れているようです。

軍事政権時代にはアウンサンスーチ氏を支持したことから軍政(ミャンマー政府)から圧力を受けました。

過去のことだけではありません。ヤカインには天然資源が豊富なようで、その利権が絡んでいるとも言われます。たとえば天然ガスが中国にパイプラインが引かれましたが起点はこのヤカインです。ロヒンギャが住んでいる土地をさまざまな資源発掘のために手に入れたいという勢力が裏で紛争を煽っている噂もあります。

もともと住んでいたバングラデシュに戻ればうまくいくような気がしますが、バングラデシュは経済的理由から多量のロヒンギャの受け入れを拒否しているそうです。多量の難民は国境付近のバングラデシュ側に居るようです。また一般のビルマ人の多くは、民族も宗教も言葉も違うので、彼らはビルマ人でないとして国民として認めていない人がおおいようです。逆にヤカイン(ビルマ)族でバングラデシュに住んでいる仏教徒もチッタゴンにて、バングラデシュの中でも仏教徒の地域として認められており強い迫害は受けていないようです。

2015年5月に約2,000人が漂流しているというのは、タイとかインドネシアの人件費高騰のため低賃金で働く人の非合法のニーズがありますので、そこにロヒンギャの人を売り渡すことで儲けようとするブローカの誘いで船でブローカの段取りで不法入国させようとしたのがきっかけのようです。不法入国のロヒンギャを雇うと奴隷のように働かすことができます。彼らは不法入国なので外にでることが出来ません。嫌でも逃げられませんが、もともと貧困者ですから逃げて帰る意味もないということになりますが、奴隷扱いでも今の生活よりましだということなんでしょうか。以前は不法入国も出来たようですが、やはり人権問題なのでタイ、マレーシア、インドネシアは共同で取り締まりを強化したことから、斡旋していたブローカが捕まってしまったので、船で出てきたものの上陸できず漂流しているというのです。

多くの日本企業が不法入国のロヒンギャを直接受け入れることは無いと思いますが、日本企業の下請けをやっている現地企業は雇っている可能性はあります。不法入国を受け入れる背景には、我々が安い製品を求めるから、それが現地企業を圧迫し、低賃金の労働者のニーズが高まっていることが、根本原因と言えます。

Windows8.1のVPSのサービスを得た

VPSというのは、一つのサーバー機内に仮想で複数の独立した環境を提供できる技術によるサービスをいう。
共有サーバーであるが、従来の共有サーバーはサーバー自身の設定変更はできないし、リブートはできないし、スーパーユーザであるroot権限ももらえない。しかしVPSではスーパーユーザのrootのアカウントががもらえるし、リブートも自由である。性能を除けば専用サーバーとなる。ただあくまでも共有で複数の人が同じサーバーを使っているので、負荷の影響は受ける。
とはいえあまり気にはならない。というか気にならない程度にユーザ数を抑えているものと推察できる。

そのようなサービスは、Linuxから始まり、WindowsのVPSも提供されてきたが、Windowsの場合は無償のOSではないことと、一般のWindows7/8などのクライアントOSではなく、Windows2013などのサーバーOSが提供されていたため高くついていた。Windowsがどんどんユーザ離れが発生しているせいか、VPSもずいぶん安くなってきました。

そんなころ “WindowsXP/7/8/2003/2008/2012” のVPSのサービスを提供してくれるところを見つけた。そこは、WIN-VPS.COM で、どうもロシアの会社のようです。

早速申し込んでみました。

申し込み中に気付いたのは、”WindowsXP/7/8″ などのクライアントの場合は、30ドルの初期費が必要でした。サーバーOSの場合は不要でしたが。支払いは、Paypalでしました。

翌日、開通の連絡がきましたが、あれ? 接続してみるとWindows2013でした。

マイページから問い合わせできるので問い合わせしてみました。でもなかなか返事がこないと思っていたら午後4時頃返事がきました。時差を調べたらどうもモスクワ周辺のようで、時差6時間とすれば日本の午後3時が、モスクワでは午前9時だ。WEBページには24時間サポートと書いてありますが、テクニカルサービスは向こうの昼間だけのようで、以降も夕方以降のメッセージについてはすぐに返事がきますが、午前0時から午後3時までの間の問い合わせは、午後3時以降にきます。

まあそれはともかく、返事の内容を見てびっくりしました。Windows8のISOイメージファイルとプロダクトIDを送って来いというのだ。30ドルはいったい何の費用だと聞いたら以下のことがわかった。

要は、WindowsXP/7/8の場合は、こちらからISOファイルを送ってインストールしてもらうことになるので、その作業費だというのだ。ちょっと納得できない気持ちもあるが、まあ確かに30ドルでWindows8のライセンスの取得は無理だからそういうことかと納得した。

そこで廃棄予定のPCにインストールしていたWindows8を使うことにし、そのDVDをISOの落としてFTPで送付した。

ちなみにサーバーとは別にユーザごとにFTP領域が提供されていて、仮想のサーバーにファイルを送る場合に、利用できるのは大変ありがたいですね。あんまり日本のサービスにはなかったサービスです。

実は送ったのは5月の連休の前でしたが、現地は関係ないだろうと思いましたが、調べてみたらロシアでも5月の初めは連休のようで、待つしかないかと思ってました。

10日になっても返事がないので、催促してみました。するといろいろ聞いてきました。そうです。催促するまで忘れていたのか保留されてしまってました。このへんから相手の会社はあんあまりきちんとした会社でなく、小規模でやっている感じがわかってきました。最近起業したベンチャー起業家もしてませんね。

催促の翌日、返事がきました。接続したらびっくり、インストールの初期画面が出ていて、自分でインストールせよ!ということらしい。メッセージを読むと、日本語がわからないから自分でしてくれというのだ。むむむ、しかたない。30ドル支払ったのに、ISOイメージをセットして起動しただけかよ! まあ日本語がわからんというのももっともだから特にクレームもせず自分でインストールしました。

インストールできたけどリモートデスクトップで繋がらないので、繋がらない!とメッセージを送ったら、また翌日の夕方にポート番号の情報を送ってきた。おお!無事つながった。

インストールするファイルは先に書いたように契約したVPSサーバーとは別途FTP領域がよういっされているので、そこを経由して転送することでできる。

先方の対応は、こちらのことを考えて先に先に必要な情報も作業にしてくれないが、言えばすぐに対応してくれる。ロシア人西洋人だからこちらのことをおもんばかってくれない。言わないとしてくれないのはしかたないですな。

その後、Windows8からWindows8.1にアップグレードもできました。今年の秋に出るというWindows10にもアップグレードできそうです。

まあとにかく、無事にリーモートでWindows8.1が使えるようになりました。